新聞の長期連載を終えて
 痛感した子どものネット遊び、5年間の変化の速さ

 信濃毎日新聞社の連載(昨年7月から本年19年3月まで半年以上、毎週月曜日締め切り。合計27回)が終わった。一度だけだったが、あやうく「入稿できないかも」という週もあった。入稿の心配をしたり、情報のウラを取ったり等など、筆者の私より文化部の編集者の方が大変だったろうと思う。編集記者さん、本当にご苦労さまでした。

 さて前回の連載から5年ちかい時間が流れた。私としては今回の連載で、この間の子どものネット利用の傾向が確かめられてよかった。結論を言えば、この5年間のケータイ低学年普及で問題が質量ともに広がったと判断している。ケータイで子ども社会、子ども文化が良くなった事例は、いっこうに浮かんでこない。私が環境保護NPOと組んで実験したケータイ利用のボランティア活動のような動きは、広がってはいない。むしろ憂慮すべき使い方が増え(子ども相手の危ない商売、使わせ方が増えて、と言うべきか)従来の非行、逸脱傾向が拡大、日常化し、子ども社会で暗いネット文化が普通、当たり前の色調になってしまった、と言わざるを得ない。

 たまたま連載開始の昨年7月に、警察庁がインターネットを特集した2006年版の警察白書を公表した。警察白書では、かつて1998年に「ハイテク犯罪」という言葉を使って不正アクセス等コンピュータ利用犯罪の台頭を取り上げたことがあったものの、インターネット時代の犯罪や子どもの情報非行問題を本格的に扱うのは初めてのことである。しかも特集のタイトルが「安全・安心なインターネット社会をめざして」というものであった。と言うことは「このままインターネット化が進んでいけば日本社会の安全は保障できない」と言っているようなものだ。子どもたちが悪いネット遊びで育っていけば、情報社会ニッポンの安全を脅かす要因になるのだ。

 現実にも、インターネットやコンピュータ利用犯罪の総称であるサイバー犯罪の昨年の件挙数は316件(前年比52%増)で過去最高である。警察が受け付けたサイバー犯罪の相談件数も、昨年は84173件にも上り、やはり過去最高だったし、この5年間では5倍近くも増えている。子どものネット被害もふえてきた。

 今回の警察白書では、インターネットという新しいメディアが作り出す情報環境の危険性についても踏み込んで注意を喚起している。例えばインターネットの情報世界には違法、有害情報があふれている。覚せい剤や拳銃などの販売情報や爆発物の製造から運転免許証の偽造方法さらには他人を誹謗・中傷したり自殺に誘い込む情報も発信されている。問題は、このような違法、有害情報が大人と子どもの区別なく降り注いでいることだ。現実にも日本の子どもたちは、ネット利用の詐欺、悪徳商法や児童買春、人権侵害、恐喝などの被害に会うようになった。いや被害者どころか加害者にもなっている。こんな現象は世界中で日本だけといって過言ではない。それというのも日本の10代の子どもたちだけが、パソコンばかりかインターネットの情報世界に自由に出入できる携帯電話を好き勝手に使わされているからである。

 実際に少女達も、iモードタイプの携帯電話が無ければ、援助交際などかくも簡単にはできない。子どものケータイ利用犯罪の代表事例であるエンコーは減っていない。むしろ増えてしまった。背後にはネットにおける出会い系サイト機能の拡散がある。おぞましい文化が定着した。大人の出会いサイト利用も定着した。出会い系サイトの常習者であった若い母親達の子殺しも最近連続して起きた。ケータイ以前のポケベル世代の母親像の問題が浮上してきた。次世代を支える子どもらや若い母親、夫婦のモラル悪化こそが社会の安全にとって最大の関心事なのだ。

 ではこのようなインターネットの情報世界の悪化と少年非行をどのように食い止めるべきか。この点について、「安全、安心な情報社会の実現は警察だけではできない。国民皆の協力が必要」として警察警察白書としては珍しく国民的議論を喚起する呼びかけ、提言を行っている。特に今年の白書ではインターネットの子どもへの影響分析にかなりのエネルギーを注いでいて、この部分は私が座長を勤める少年インターネット利用問題研究会の報告が使われた。

 某シンポジュウムで有名な女性の子どもインターネット研究者が「先生、子どものネット利用は、はじめからこんなに悪く無かったですよね」と問いかけてきたが、携帯インターネット利用は、はじめから悪かったのだ。このような認識の甘さが問題解決のエネルギーをいまだに削いでいる。インターネット普及団体、業界が商売に都合のよいことだけしか考えていなかったのがすべての原因だろう。バランスのとれた普及がなぜできなかったのか、企業も社会の一員だから一度立ち止まって考える必要があるハズだ。

 問題解決への動きということでは、連載中に警察庁も動いてくれたので、総務庁がしぶしぶ業界の社長連中を呼んで「フイルタリング普及に努力せよ」と言ったわけだが、これも私に言わせれば遅すぎた。しかし遅まきながらも、子どものフアースト・ユーザーにガードがかかればそれにこしたことはない。だが地域社会がよほどキッチリ携帯電話販売を見張らないと、建前だけに終わりかねない。少なくとも群馬県はそういう認識で県内販売責任者を県庁に呼んで要請した。

 しかし現実の問題解決で、今一番急務なのは、子どもネット利用の最終責任者である保護者の自覚だろう。携帯電話会社は消費者の選択の自由を口実に保護者に子どものケータイ問題の責任を転嫁しようとしているようにも見える。親はしっかりしないと、高い通信料金を払わされたうえ、携帯電話会社から愚か者呼ばわりされかねない。ちなみに我々は3月に群馬県の市民インストラクター研修の一環として某携帯電話会社にヒアリングに出かけた。そこでケータイ安全教室(出前講座)の担当者から「今年から保護者への啓発を強化する」と説明されたが、それを聞いた我がインストラクターが「保護者は子どもに与えた携帯電話と利用実態を理解していない、などとケータイ会社は言うが、あんた達にだけは、そんなこと言われたくないわ!」と言い放ったのだ。彼らの商品開発から販売方法の全てが、いまだに子どものことを本当に考えているとは思えないからだ。

 現実に子どものケータイ市場は儲かるし、ユーザー囲い込み商戦の焦点でもある。実際に、過去5年間に子どもを対象にした各種ネット遊びが加速的に増えている。例えば5年前に散見された学校裏サイトが飛躍的に拡大した。そればりかブログ、プロフなど新手のネット遊びがはじまった。このままいくと高校生から中学生さらには小学生までもが日本的エログ文化に染まっていくのでは、という気さえしている。

 特にプロフ発信は「カワイイ」が曲者である。男の子も女の子もカワイイ装いを発信する。しかしそのカワイイぬいぐるみ遊びが、突然他者に向けたエゴの攻撃的発信に転じる。明治学院大学の四方田教授が「かわいい論」で「かわいい、とはつねに儚げなものであり、バルネラビリティに満ちた存在である。それはまったくの偶然から、たやすくグロテスクで驚異的な怪物へと変身してしまう」と述べているが同感である。彼が比喩として使った怪物とは、あのグレムリンだった。映画の愛らしく可愛いぬいぐるみのようなペットが、たやすく恐ろしい破壊的怪物に変身したように、ネットのカワイイ発信遊びもグレムリン化する。この5年間の子どもらの事件、トラブルがそれを示している。

 これは連載記事にはしなかったが、最近プロフの「カワイイ人気サイト」の女の子らに電話インタビューしてみた。10代後半から「なんとなく流行だから」とプロフ、ブログ遊びをはじめたその女の子は、いつのまにかランキングを挙げるテクニックに目覚めた。ようするに自己露出、エロ路線を走りはじめた。しかもその間にプロフがデリヘル商売の手段になると知ってしまった。そしてこれまでに5人のお客を自分の「カワイイ・プロフ」でゲットしたとも言う。しかし妊娠してしまったのでサイトを閉じるということだった。(閑話休題)

 最近のケータイネット遊びではモバゲーなどゲーム業界の成長がすごいが、私自身は子どもの2チャンネル遊びとでも言うべき学校裏サイトの内容のすさまじさに驚愕し、一時的にではあるが振り回された。つまり昨年始めから今年にかけて、学校裏サイトからの有害情報発信対策に追われた。

 この問題、マスコミが気付いていないので、研究室で地元ラジオ局と協働して番組を制作した。今もこのねちずん村からネット放送しているが、各方面で大きな反響を呼んだ。例えば朝日新聞のアエラが取材に来た。その後、雑誌、新聞、テレビの取材ラッシュが続いている。このようなマスコミの動きのきっかけは「いじめ問題」だった。しかし学校裏サイト遊びの問題はいじめだけではない。

 私自身は、一昨年から学校裏サイトについてマスコミがなぜ報道しないのか疑問だったが、新聞社のデスクと話していて疑問が解けた。上司が理解できない。ネットの実態を調べる方法がわからない。裏がとれない。さらには首を突っ込むと泥沼に入るようで怖い、等など。マスメディアの取材者にはパーソナルメディア(インターネット)のサイバー空間取材力、それもネット上の子どもの動きを捉える力があまり無いようだ。新聞記者の中には「ケータイ利用では子どもに負けているというコンプレックスがあるから」という人さえいたが、それでは困る。昨年末に群馬県の中学生が裏サイトで恐ろしい猥褻発信をしていたが、そのサイト発信阻止の力になったのが、マスコミだった。メディア人も、これから子どもの問題に取り組むのであれば、ネット取材力を強化していただきたいものである。